こんにちは!インターン生のタカです。
桜が満開に咲き誇り、いよいよ新たな年度が始まるなぁと、心身引き締める今日この頃です。タイトルにもありますように、私にとって本日は、道休誠一郎事務所でのインターンシップ最終日となりました。ただ、インターンといいましても、実質的に何か業務のお手伝いをしたということではなく、秘書さん方や代議士と歓談していました。
その中で代議士とのお話で印象に残ったことを述べたいと思います。
代議士曰く、政治家は究極的にはボランティアでなくてはいけません。オバマ大統領もかつてはコミュニティ・オーガナイザーとして地域の活性化のために活動していました。その経験が、現在の大統領としての対話路線、国民皆保険の実現に向けた医療保険制度改革等、アメリカ市民の生活に配慮した政策に少なからず反映されているのだと思います。すべての政策が市民の目線にたったものだと断じることはできませんが、やはりこうしたコミュニティに根差した政治は社会変革の重要な要素足り得ると思います。また、地域の課題は全国の課題ということもできます。細かい案件を抽出して個々のソリューションを考えていくことで、各課題に絡む共通の改善点も見えてくると思います。それらの改善点を統一して、その対策を国レベルで広く波及させていくのが政治の仕事ではないでしょうか。
しかしながら、政治に利権がからむと多様な市民の声を拾いきれない自体が起こり、政策の視野が狭くなってしまいます。政策の視野が狭くなると、利権との癒着がさらに進み、政策の波及効果が一層狭まります。これまでの日本政治はこうした悪循環の下に行われていました。政治活動を行うにあたり、私欲を排して公益を第一に追求する政治家が増えなければ、日本社会は良くならないと思います。政治家一人一人がコミュニティー・オーガナイザーとしての役目を果たさねばならないのです。最大多数の最大幸福を至上命題とし、自分の生活は二の次に、社会のためには命も捧げられるような人が政治家になるべきです。そういった人が果たして今の政界に多くいるか、それには疑問符が付きかねません。
代議士は、政治家という職業への参入障壁の高さも問題として指摘していました。政治家は理想として、なりたい人がなれる職業であるべきです。巨額な資金を必要とし、二世三世の議員が優位性を持つ今の政治家選出システムは民主主義の趣旨からズレているように感じられます。高尚な理念と行動力を兼ね備えている若者が政治家を志しても、それができなければ、そのような優秀な若者がどんどん日本から出て行ってしまうと思います。それを防ぐためにも、政治の改革は今後も不断の努力で続けていかなければならないと、強く感じています。
1ヶ月間、事務所でインターンをさせていただいて、政治の実践というもののイメージが自分の中で明確になってきました。特に政策会議や委員会を傍聴させていただく中で、実際に法案が発案、審議されて可決に至るまでのプロセスや、代議士個々人の問題意識の違い、一つの政策に携わる人々の多様性などを知ることができました。また、これらの体験はいま現在の学部の勉強をよりリアルにするものであり、今後2年間の学習の中で、自分の知識や社会に対する想いをより深化させていきたいと考えています。本当に貴重な機会を下さった代議士とお二人の秘書さん方、そして一緒に行動をさせてもらったインターン生のムネさんには心から感謝の意を申し上げます。ありがとうございました。
以上をもちまして、タカのインターンシップブログを終了させていただきます。短い期間でしたが、もしご覧になってくださった方がおられましたら、その方々にも感謝の意を申し上げます。ありがとうございました。道休事務所は私のような未熟な学生であっても、意欲があれば平等に機会をくださる、非常に良心的で未来志向な事務所だと思います。また、インターン期間中は二人の美しい秘書さん方(お世辞じゃありませんよ!笑)に囲まれて、少なからず幸せな想いをさせていただいたことは、このブログだけの秘密です。これからも私のような、幸せなインターン生がもっと増えますことを願い、短いですが、これにて失礼させていただきます。
タカ(早稲田大学政治経済学部2年)
2010年3月30日火曜日
2010年3月24日水曜日
インターン自主ゼミ発表会!!
こんにちは、タカです!
今日は午後から民主党本部でインターン生の自主ゼミ発表会がありました。インターン生の興味・関心分野でいくつかのグループをつくり、調査・議論を進め、その一つの成果としてインターン生の皆に発表するというものでした。道休代議士をはじめ、何人かの議員さんも見に来られて、とても緊張しました・・・!
私たちのグループは外交をテーマに、ODA(政府開発援助)とNGO(非営利組織)の連携を考えました。実際にJICAの職員の方やNGO職員の方、大学教授などにお話を聞きに行き、複数の問題とそれに対する解決策の中から取捨選択してプレゼンテーションしました。はじめはグループの皆の関心分野が違い、それぞれの外交に対する知識もまだ浅かったため、なかなか論点がまとまらずに苦戦しました。もしかしたらグループが分解してしまうのではないかという場面もありました。しかしながらリーダーが中心となり、皆がそれぞれ自発的な行動を心がけたことで、無事発表というカタチにできました。
他のグループの発表を見ると、現状分析が非常に分かりやすく、それによって問題点が明確になっていたり、グループ全体の信念が伝わってくるところ、プレゼン(話し方等)が非常に上手いグループ、スライドが非常にまとまっており、聴衆に分かりやすく説明がなされているところなど、それぞれのグループから学ぶことが多々ありました。私の外交チームも、他のグループの発表を見聞きし、議員さん方によるフィードバックを得ることができたので、今後の機会ではもっと良い発表ができればなと思いました。
結果的に、私のグループは運よく(?)上位3グループまでに勝ち残り、結局その中で3位に落ち着きました。(笑)決勝まで残れたのも、グループの皆がしっかりと議論に参加し、良いものを発表しようと頑張ったからだと思います。今回の自主ゼミは、私にとって非常に貴重な経験となりました。
今日は午後から民主党本部でインターン生の自主ゼミ発表会がありました。インターン生の興味・関心分野でいくつかのグループをつくり、調査・議論を進め、その一つの成果としてインターン生の皆に発表するというものでした。道休代議士をはじめ、何人かの議員さんも見に来られて、とても緊張しました・・・!
私たちのグループは外交をテーマに、ODA(政府開発援助)とNGO(非営利組織)の連携を考えました。実際にJICAの職員の方やNGO職員の方、大学教授などにお話を聞きに行き、複数の問題とそれに対する解決策の中から取捨選択してプレゼンテーションしました。はじめはグループの皆の関心分野が違い、それぞれの外交に対する知識もまだ浅かったため、なかなか論点がまとまらずに苦戦しました。もしかしたらグループが分解してしまうのではないかという場面もありました。しかしながらリーダーが中心となり、皆がそれぞれ自発的な行動を心がけたことで、無事発表というカタチにできました。
他のグループの発表を見ると、現状分析が非常に分かりやすく、それによって問題点が明確になっていたり、グループ全体の信念が伝わってくるところ、プレゼン(話し方等)が非常に上手いグループ、スライドが非常にまとまっており、聴衆に分かりやすく説明がなされているところなど、それぞれのグループから学ぶことが多々ありました。私の外交チームも、他のグループの発表を見聞きし、議員さん方によるフィードバックを得ることができたので、今後の機会ではもっと良い発表ができればなと思いました。
結果的に、私のグループは運よく(?)上位3グループまでに勝ち残り、結局その中で3位に落ち着きました。(笑)決勝まで残れたのも、グループの皆がしっかりと議論に参加し、良いものを発表しようと頑張ったからだと思います。今回の自主ゼミは、私にとって非常に貴重な経験となりました。
2010年3月23日火曜日
防衛省見学
こんにちは!タカです!今日は他の事務所のインターン生と一緒に防衛省(市ヶ谷)の見学に行ってきました!市ヶ谷駅から徒歩10分、坂を登っていくと突然防衛省の正門が現れます。さすがに有事の際に活躍する官庁だけあり、他の官庁と違って建物が荘厳で、独特の緊張感に包まれていました。
防衛省は1950年の朝鮮戦争勃発を受けて発足した警察予備隊本部から保安庁、防衛庁を経て現在に至る、比較的新しい官庁です。いまの本部の市ヶ谷駐屯地への移転は2000年に行われ、その前の本部は港区赤阪の檜町地区(現在は東京ミッドタウン)にありました。
内部の詳細はインテリジェンスの関係上、口外してはいけないのかもしれませんが、支障のない限り述べたいと思います。(笑) 第一印象として、演習場はないものの敷地面積が非常に広く、政府専用のヘリがいつでも発着できるようなスペースがありました。庁舎の中はオフィスビルと同様で、制服を着た職員の方と背広を着た職員の方が交互に出入りしていました。各通路には、自衛隊が海外に派遣された時の写真(カンボジアやイラク、東ティモール等)が飾られており、自衛隊の国際貢献が人目に分かるようになっていました。面白いなと思ったのが、案内してくださった職員の方が我々インターン生を一列に並べ、これから省内見学に出発する際に「それでは前進します!」と仰ったことです。まさに自分も自衛隊の一員として省内にいるような感覚になり、非常に愉快でした。
まずは大臣執務室を訪れ、職員の方から簡単な説明を受けました。大臣の机の横には桜紋が捺された旗が2本立てられていました。壁には世界5都市のデジタル時計がかけられていたのですが、その都市がワシントン、ゴラン高原、カブール等と防衛上の重点都市が挙げられていたのが興味深かったです。そのことについて質問すると、これらの都市は大臣の裁量で選ばれると教えて頂きました。入口には大きなだるまが置いてあり、防衛戦略上の議論がここで行われているのかと思うと、身が引き締まる思いがしました。次に永島政務官室へ行き、政務官本人とお会いすることができました(写真)。お話を聞いた印象では、非常に自由闊達な方で学生の私たちインターン生の質問に丁寧に答えてくださいました。この春随一の思い出になりました。
最後に防衛省記念館を訪れ、防衛省の歴史を学びました。記念館は第二次世界大戦後の東京裁判で使われた建物を復元したもので、一部の床などは当時のものを使用しているとのことでした。歴代の陸軍大将の顔写真を見たり、明治天皇が使われた休憩室などを訪れたりする中で、自分が一瞬明治・大正の時代にタイムスリップしたかのような感も覚えました。その場で現役の制服組の職員の方のお話も聞き、その中で実際にハイチに行かれた隊員の方の現地でのエピソードが非常に興味深かったです。緊急国際援助における日本の自衛隊の貢献度はとても高く、被災地の住民や政府から高い評価を受けていることを感じました。

防衛省公式の広報誌、「MAMOR(マモル)」。厚生部の売店でこの雑誌を見つけた時、僕の体にビビビッと電気が走りました。防衛省の雑誌に、グラビアが載っているとは!この他にも、「ミリキャラ占い」や「己に勝て!男を棄てるな」などネタが満載。もちろん、真面目な防衛論や外交論が載っているページもあります。防衛省や自衛隊に対するイメージがこの一冊で完全に崩れ去りました。笑
2010年3月18日木曜日
若手政治家と語る
タカです。インターン研修の一環として、民主党本部で青年局主催のイベントが開催され、それに少しだけ参加してきました。「20代国会議員と一緒に語る政治」と題し、衆議院議員の松岡広隆、横粂勝仁両氏のお話を聞きました。
お二人のお話の中で印象に残ったのは、両氏とも「一期一会」の大切さを語っておられたことです。道休議員からも人との出会いの大切さを時折聞かせて頂いています。その一方、政治家になると会う人の数が飛躍的に増えるそうで、横粂議員もその結果としてプライバシーとプライベートの差が無いということを一つの例として話されていました。人見知りな私としては毎日何度も新しい出会いがあるとちょっと疲れてしまいそうだなと思ってしまいます。しかし、今現在インターンをする中で、実際人との出会いの大切さを徐々に認識するようになっています。
限られた人間関係の中で過ごせと言われれば、普通であればある程度はやっていけると思います。しかしそれを際限なく拡大していけと言われたら、私を含め、少し躊躇してしまう人もいるかもしれません。ですがそれではいつまでたっても自分の世界観は凝り固まったままで、思考の引き出しは一向に増えないでしょう。人と会い続けることで、新たな世界を知り、それを鏡として自分を映すことで自己をより相対的に見ることができるようになると思います。新たな世界に身を投じることは、相当な勇気がいることかもしれませんが、一端そこに飛び込んでしまえば無限の可能性が開けているのかもしれません。そう考えると、政治家という職業は、人と会い続けることで自己を極限まで相対化していくプロフェッショナルなのではないかと思います。そして、そうしたプロセスにおいても他人の主張に決して流されず、外界からの干渉を受けずに自分の軸を貫く、そんなバランスのとれた姿勢は私たち一般市民にとっても重要だと思います。
私が議員インターン生として代議士の事務所に飛び込んだ理由は、右のような、人としてのバランスを経験則として得たいということがありました。実際代議士をはじめ、事務所でお世話になっている秘書さん方や、同じインターン生のムネさんなど、新たな出会いで学んだことは数多くあります。そしてこれからも限られた機会の中で新たな出会いをどんどん発掘し、「ギブ・アンド・ギブ」の精神を忘れずに、自分のトゲトゲを少しでも削っていければ良いなと思います。
お二人のお話の中で印象に残ったのは、両氏とも「一期一会」の大切さを語っておられたことです。道休議員からも人との出会いの大切さを時折聞かせて頂いています。その一方、政治家になると会う人の数が飛躍的に増えるそうで、横粂議員もその結果としてプライバシーとプライベートの差が無いということを一つの例として話されていました。人見知りな私としては毎日何度も新しい出会いがあるとちょっと疲れてしまいそうだなと思ってしまいます。しかし、今現在インターンをする中で、実際人との出会いの大切さを徐々に認識するようになっています。
限られた人間関係の中で過ごせと言われれば、普通であればある程度はやっていけると思います。しかしそれを際限なく拡大していけと言われたら、私を含め、少し躊躇してしまう人もいるかもしれません。ですがそれではいつまでたっても自分の世界観は凝り固まったままで、思考の引き出しは一向に増えないでしょう。人と会い続けることで、新たな世界を知り、それを鏡として自分を映すことで自己をより相対的に見ることができるようになると思います。新たな世界に身を投じることは、相当な勇気がいることかもしれませんが、一端そこに飛び込んでしまえば無限の可能性が開けているのかもしれません。そう考えると、政治家という職業は、人と会い続けることで自己を極限まで相対化していくプロフェッショナルなのではないかと思います。そして、そうしたプロセスにおいても他人の主張に決して流されず、外界からの干渉を受けずに自分の軸を貫く、そんなバランスのとれた姿勢は私たち一般市民にとっても重要だと思います。
私が議員インターン生として代議士の事務所に飛び込んだ理由は、右のような、人としてのバランスを経験則として得たいということがありました。実際代議士をはじめ、事務所でお世話になっている秘書さん方や、同じインターン生のムネさんなど、新たな出会いで学んだことは数多くあります。そしてこれからも限られた機会の中で新たな出会いをどんどん発掘し、「ギブ・アンド・ギブ」の精神を忘れずに、自分のトゲトゲを少しでも削っていければ良いなと思います。
2010年3月17日水曜日
外務省政策会議
おはようございます!毎度おなじみのタカです。
外務省政策会議が先ほどありまして、その傍聴をしていました。
議題は、①今年横浜で行われるAPEC会議②平成22年度版外交青書③中南米地域(ペルー、チリ)の社会的、経済的状況 についてでした。
①に関して、2010年はAPECメンバー諸国にとって一つの節目に当たる年です。メンバー国は本年までに、先進国地域において、自由で開かれた貿易や投資を達成するという「ボゴール目標(1994年11月にインドネシアのボゴール宮殿で採択)」を設定していました。今回の横浜APECではボゴール目標の達成評価や、地域経済統合にむけた更なる取り組みの強化、新たな4つの成長戦略(均衡ある成長・あまねく広がる成長・持続可能な成長・革新的成長)の策定、そして人間の安全保障への取り組みなど、次の10年に向けたビジョンの提示が求められています。来年はアジア重視の経済政策を強めつつあるアメリカでの開催が予定されており、アメリカもAPECへのコミットメントを今後よりいっそう深めていくと考えられます。アジア大洋州地域の中心に位置する日本としても、このAPECの枠組みを戦略的に活用し、今後も日本製品のマーケットの拡大に励まない手はありません。
開かれた経済地域の構築のために、日本にとって解決しなければならない問題がいくつかあります。その一つが農産物の輸入自由化についてです。海外から安価な農産品が流入することで、自国産品が価格競争に負けてしまう懸念があります。しかしながら日本の農産物そのものに目を向けるとほとんどが良質で、農家の方々が手塩にかけて育てた、美味しいものばかりです。産品の価値は価格だけでは計られず、日本が今後生き残る道はそうした価格以外の価値をとことん追求していくことではないでしょうか。果たして日本の農産物は競争力が弱いのか、やってみないとわからないところもあると思っています。日本が農業で世界を牽引するようになるためにはどうすればよいのか、いろいろと考えることがありますが、やはり政治によるトップセールスが一つの大きな役割を果たすと思っています。そして、農家の方々が将来の不安を持つことなくメイド・イン・ジャパンの農産品を作れるよう、所得支援や農業教育・技術開発支援等も含めた、必要な限度の支援が求められています。数十年先を見つめると、新興国の人口増加も相俟い、今後安定的な食糧供給に対する不安が増すかもしれません。衣食住のうちの大切な要素が危ぶまれるかもしれない日本。今のうちから対策を講じておかなければ。うーむ。
外務省政策会議が先ほどありまして、その傍聴をしていました。
議題は、①今年横浜で行われるAPEC会議②平成22年度版外交青書③中南米地域(ペルー、チリ)の社会的、経済的状況 についてでした。
①に関して、2010年はAPECメンバー諸国にとって一つの節目に当たる年です。メンバー国は本年までに、先進国地域において、自由で開かれた貿易や投資を達成するという「ボゴール目標(1994年11月にインドネシアのボゴール宮殿で採択)」を設定していました。今回の横浜APECではボゴール目標の達成評価や、地域経済統合にむけた更なる取り組みの強化、新たな4つの成長戦略(均衡ある成長・あまねく広がる成長・持続可能な成長・革新的成長)の策定、そして人間の安全保障への取り組みなど、次の10年に向けたビジョンの提示が求められています。来年はアジア重視の経済政策を強めつつあるアメリカでの開催が予定されており、アメリカもAPECへのコミットメントを今後よりいっそう深めていくと考えられます。アジア大洋州地域の中心に位置する日本としても、このAPECの枠組みを戦略的に活用し、今後も日本製品のマーケットの拡大に励まない手はありません。
開かれた経済地域の構築のために、日本にとって解決しなければならない問題がいくつかあります。その一つが農産物の輸入自由化についてです。海外から安価な農産品が流入することで、自国産品が価格競争に負けてしまう懸念があります。しかしながら日本の農産物そのものに目を向けるとほとんどが良質で、農家の方々が手塩にかけて育てた、美味しいものばかりです。産品の価値は価格だけでは計られず、日本が今後生き残る道はそうした価格以外の価値をとことん追求していくことではないでしょうか。果たして日本の農産物は競争力が弱いのか、やってみないとわからないところもあると思っています。日本が農業で世界を牽引するようになるためにはどうすればよいのか、いろいろと考えることがありますが、やはり政治によるトップセールスが一つの大きな役割を果たすと思っています。そして、農家の方々が将来の不安を持つことなくメイド・イン・ジャパンの農産品を作れるよう、所得支援や農業教育・技術開発支援等も含めた、必要な限度の支援が求められています。数十年先を見つめると、新興国の人口増加も相俟い、今後安定的な食糧供給に対する不安が増すかもしれません。衣食住のうちの大切な要素が危ぶまれるかもしれない日本。今のうちから対策を講じておかなければ。うーむ。
2010年3月11日木曜日
【委員会傍聴】外務委員会をみてきました。
どうもタカです!
本日10日は衆議院の外務委員会を傍聴してきました。
日米の密約問題を検証していた外務省の有識者委員会が、9日にその報告書を岡田外相に提出し、それが公になったこともあり、議員の質問は密約問題に絡めたものが主でした。「密約」の一つとして、核搭載艦船の日本への一時寄港や領海通過は事前協議の対象外とする暗黙の合意がなされていた(これを有識者委員会は「広義の密約」と定義づけています)ことについて、私も新聞の朝刊で実際にそれを知った時は驚きました。密約問題が公にされたうえで、政府はこれらの合意をどう処理していくのかが注目されるところですが、私が傍聴した限りでは、今日の委員会でその点が明確にされることはありませんでした。
自国の外交政策に係わる文書が、外交のカウンターパートである外国(今回は米国ですが)の政府機関によって公にされて始めて自国民がそれを知るというのは、少しおかしなことだなと思ってしまいます。いくら国家機密を守らねばならないといっても、憲法にあるとおり、現代の民主主義国家は国民の意思がなるべく反映されねばならないものですから、それは外交も同じことで(外交を遂行する内閣は、国民に選ばれた国会議員を過半数に組織されますから)、国民が自国の外交プロセスに十分に係わっていけるよう、それに関する情報はなるべくオープンにされてしかるべきだと思っています。政治家のみなさんには、この問題を外交をより国民に開いていくためのリーディングケースの一つとしてとらえ、議論を進めていってほしいと思います。
普天間基地移設問題の議論も右と併せてされていました。移設先がどこになるかは国民の大きな注目事項でしょう。今年は日米安保改定50周年を迎え、新たな日米関係の在り方を考える良い機会です。私も道休代議士から、サンフランシスコ平和条約をはじめ、日米地位協定に至るまでの日米安保の歴史的変移をたどり、この先どのような関係が望ましいかを考えるよう宿題を頂きました。まだまだ調べの途中で結論までは至っていませんが、一つ確信を持って言えることは、これからも日米はお互いに深い関係を維持して世界の中で存在感を高めあっていくことが大切だということです。日米安保はそうした日米関係の基盤を支えるものであり、国民一人一人がじっくりとその意義を考える必要があると思います。
本日10日は衆議院の外務委員会を傍聴してきました。
日米の密約問題を検証していた外務省の有識者委員会が、9日にその報告書を岡田外相に提出し、それが公になったこともあり、議員の質問は密約問題に絡めたものが主でした。「密約」の一つとして、核搭載艦船の日本への一時寄港や領海通過は事前協議の対象外とする暗黙の合意がなされていた(これを有識者委員会は「広義の密約」と定義づけています)ことについて、私も新聞の朝刊で実際にそれを知った時は驚きました。密約問題が公にされたうえで、政府はこれらの合意をどう処理していくのかが注目されるところですが、私が傍聴した限りでは、今日の委員会でその点が明確にされることはありませんでした。
自国の外交政策に係わる文書が、外交のカウンターパートである外国(今回は米国ですが)の政府機関によって公にされて始めて自国民がそれを知るというのは、少しおかしなことだなと思ってしまいます。いくら国家機密を守らねばならないといっても、憲法にあるとおり、現代の民主主義国家は国民の意思がなるべく反映されねばならないものですから、それは外交も同じことで(外交を遂行する内閣は、国民に選ばれた国会議員を過半数に組織されますから)、国民が自国の外交プロセスに十分に係わっていけるよう、それに関する情報はなるべくオープンにされてしかるべきだと思っています。政治家のみなさんには、この問題を外交をより国民に開いていくためのリーディングケースの一つとしてとらえ、議論を進めていってほしいと思います。
普天間基地移設問題の議論も右と併せてされていました。移設先がどこになるかは国民の大きな注目事項でしょう。今年は日米安保改定50周年を迎え、新たな日米関係の在り方を考える良い機会です。私も道休代議士から、サンフランシスコ平和条約をはじめ、日米地位協定に至るまでの日米安保の歴史的変移をたどり、この先どのような関係が望ましいかを考えるよう宿題を頂きました。まだまだ調べの途中で結論までは至っていませんが、一つ確信を持って言えることは、これからも日米はお互いに深い関係を維持して世界の中で存在感を高めあっていくことが大切だということです。日米安保はそうした日米関係の基盤を支えるものであり、国民一人一人がじっくりとその意義を考える必要があると思います。
2010年3月9日火曜日
環境省政策会議を傍聴!
どうもタカです!
寒暖の差が激しい日々が続いていますね。
先ほどまで東京はみぞれがパラつき、
人々は路面に気をつけながら帰路を急いでいました。
本日はインターン活動の一環として、環境省の政策会議の傍聴に行ってきました。そこでは地球温暖化対策に関する法案についての議論がされていました。環境政策と経済成長の両立をいかにして図るかは、一見難しそうな課題ですが、実際欧米の環境先進国に目を向けると、すでに民間と公の両部門での次世代エネルギーの積極的な導入をはじめとして、実体経済と環境が上手く結びついた例が多々見られます。
日本はこれらにやや遅れがちだとする批判が散見されますが、右のような地球温暖化に対する具体的な政策を盛り込んだ法案が、その成立に向けて、政治と行政相互の立場から議論されることで、徐々に日本の進むべき方向性が見えてきているのを実感しました。
政治家のみなさんは、現在日本がおかれた経済状況を冷静に見守りつつ、持続可能性を考慮して、長期的な視点からわが国の環境政策を構想していました。
われわれ若者も、政治の場で議論される世界共通の課題に目を向け、自身でそれを考える必要性があることを改めて考えさせられました。
寒暖の差が激しい日々が続いていますね。
先ほどまで東京はみぞれがパラつき、
人々は路面に気をつけながら帰路を急いでいました。
本日はインターン活動の一環として、環境省の政策会議の傍聴に行ってきました。そこでは地球温暖化対策に関する法案についての議論がされていました。環境政策と経済成長の両立をいかにして図るかは、一見難しそうな課題ですが、実際欧米の環境先進国に目を向けると、すでに民間と公の両部門での次世代エネルギーの積極的な導入をはじめとして、実体経済と環境が上手く結びついた例が多々見られます。
日本はこれらにやや遅れがちだとする批判が散見されますが、右のような地球温暖化に対する具体的な政策を盛り込んだ法案が、その成立に向けて、政治と行政相互の立場から議論されることで、徐々に日本の進むべき方向性が見えてきているのを実感しました。
政治家のみなさんは、現在日本がおかれた経済状況を冷静に見守りつつ、持続可能性を考慮して、長期的な視点からわが国の環境政策を構想していました。
われわれ若者も、政治の場で議論される世界共通の課題に目を向け、自身でそれを考える必要性があることを改めて考えさせられました。
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